日本巡り その9 京都の端っこに行く
ネタ蔵キーワード:京都 [国内地域]
昨日、「浄瑠璃寺の秘仏・吉祥天像が正月の公開をしている」ってことを思い出したので、京都の端っこの「当尾(とうの)」に行ってきました。
今回の「日本巡り」は、「街歩き」ではなくて「寺巡り」編です。
いままで、かなり多くの寺を巡ってきたボクですが(仏像と門を見るために)、「日本巡り」の企画スタートに合わせて、「寺巡り」を一回リセットして、一から巡り直そうと思っています。
これからは、「街歩き」編とあわせて「寺巡り」編も書いていきますんでよろしくです。
「当尾」は、奈良と京都の境目に広がる地域で、石仏群(いかしたのが多い)が有名なところです。
今日の京都の天気予報は最高気温8度で曇りだったので、「絶対、寒い。行ったら後悔するにきまってる」と思ったのですが(奈良は午後から雨の予報でもあった)、「あ〜吉祥天!」と衝動を抑えきれずに朝8時に出発しました。
浄瑠璃寺まで
京都から、浄瑠璃寺に行くには、JRか近鉄(京都市地下鉄乗り入れ)を使います。
ボクの家は京都市地下鉄の駅の近くなので、いつも奈良方面に行くときは近鉄を利用してます。
ただ、JRも近鉄も路線図を見ると「あー、便利」と思う程に充実した路線があるわけですが、実際に京都から奈良まで行ってみると、いっつも「なんだか遠いな・・・」と実感するのです。
多分、本数が少ないのと、急行の停車駅のアレンジがもう一つなのがポイント。
入り組んだ路線は、いくつものターミナル駅があってどうしても停まらないといけないらしく、「急行感」がとっても低い急行しか走ってないのでした。
まあ、急ぐ旅でもないわけで、「ゆっくり行く気構え」が電車に乗りながらにして準備できるのはいいことかもしれません。
近鉄奈良駅から浄瑠璃寺まではバスで行きます。
13番のりばから111系統。
この系統、3時間に1本くらいしかないので、十分時間を調べてから行くのをおすすめします。
浄瑠璃寺前バス停までは、だいたい30分くらいです。
浄瑠璃寺
秘仏の「吉祥天」に釣られてきたのはいいのですが・・・1月8日(明日ね)には「吉祥天」に加えて、五重塔にある秘仏・薬師如来(重文)と、潅頂堂にある秘仏・大日如来像もご開扉だってことを、受付のおばはんに教えられ、着いていきなりガックシしてしまいました。
やっぱり、感情だけで動くと損するってことですね。。。
それでも、気を取り直して、「吉祥天」にまっしぐらです。
いやぁ・・・いいですよ。
色っぽい。
これは、ついつい購入した吉祥天のブロマイド(絵葉書じゃないんですよ)をスキャンしたものです。
正面から見ると、ボクにはあんまり「美人」には見えないんですが、この角度から見るとやっぱりサイコーです。
「工藤静香は左から見るべしの法則」と同じですよ(w
しばし、吉祥天の前にべったりと張り付いて見入った後、本尊の「西方九体阿弥陀如来」・・・例の九体の阿弥陀坐像をじっくり見させてもらいました。
真ん中の丈六の阿弥陀さんを中心に、左右に四体づつ・・・東にむかって並んでいるので、朝行くと、朝日を浴びて暗いお堂の中でバーっと浮かび上がるので有名なやつらです。
全部違う顔をしています。
真ん中の丈六の阿弥陀さんは、座って見上げるように見るとかなりいい感じ。グッときますね。
また、丈六阿弥陀の後背は、千体化仏バージョンなんですが、めずらしくその中に雲中菩薩・・・キリスト教でいうところの天使ですな・・・が四体も踊っています。
丈六阿弥陀に吸い込まれるように見入ってしまったのですが、やっぱり今度は朝日に照らされるこいつらを見てみたいと思いました・・・でも、浄瑠璃寺の拝観時間は冬は10時から(3月からは9時から)・・・通常の拝観では無理ですね。「ライター」とか「カメラマン」という肩書き付きの名刺を作って、取材って「てい」で潜入するしかありません(w
どうやって岩船寺に行くか悩む
浄瑠璃寺から岩船寺へは歩いて40分程度の距離だと浄瑠璃寺のおばはんに教えてもらいました。
もちろん、途中、いくつもの石仏があるわけで、いつもならそれを見ながらゆっくり歩くのもいいと思うわけですが、先述の通り、今日はかなり寒いのです。
浄瑠璃寺の参道を降ったところで、タバコを吸いながら・・・「歩くか・・・バスに乗るか・・・タクシー呼ぶか・・・」と、半分「なんでもイイケド」と思いつつ考えていたところ・・・
「あのー、乗っていきます?」
との声。。。「ん?」と声のする方を見てみると、高級セダンの助手席に、お父さんと来たと思われるおねーさんでした。
「そういえば、さっき本堂にいた人だ」と気づいて近寄ってみました。
どうやら、バスがなかなかないのを知っているようで、ボクがかなり困っているように見えたらしいのです。
実際は「なんでもイイケド」と完全にテキトーな感覚でタバコを吸っていただけなのですが・・・
「これから奈良公園の方にいきますけど、もしよかったら」ってな優しいお言葉。
ボクは、まったく逆方向の岩船寺に向かいたいわけですが、このおねーさん、かなりの美人(w
オヤジ付きとはいえども、かなりボクは動揺してしまいました(吉祥天に悩殺された後だしね)。
動揺しつつも、なぜか岩船寺への思いを立ちきれず・・・「すみません。声をかけてくれて有難うございました。」と同乗のお誘いを断ったのでした。
その瞬間、「こうなったら歩こう」と思い、立ち去る車と逆方向にボクは歩き始めたのです。
やせました・・・
結論からいいますと・・・たかだか40分の道のりですが、「寒い」「一人」という条件がそろっているときは覚悟を決めてからいった方がいいです(w
一応、石仏めぐりの人用に整備されているとはいえ、かなり過酷なハイキングでした。
いまにも野武士がだーっと裸馬に乗って駆け抜けそうな雰囲気の山道を、昼間とはいえ寒さの中あるくのはかなりシンドイ!
途中、山道は急な石段になったりします。
基本的に、岩船寺は浄瑠璃寺からみて「上の方」にあるので、ひたすら登りなのですよ。
長崎で、国際墓地に迷い込んだときはまわりが墓だらけだったので、一気に登るしかありませんでした。
でも、ハードさはかなり上をいってはいるものの、今回はまわりが大自然。
シンドくはあるのですが、「丘を越ぉえぇ〜いこうよぉ♪〜〜くち〜笛ぇ〜♪・・・はフケマセン・・・」ってな具合で結構テンション高めで行けるのではあります。
途中、石仏や竹林や岩や岩に生えている苔なんかの写真をバシバシとりながら、足に乳酸をめちゃくちゃためながら「楽し苦しい」移動でした。
岩船寺
浄瑠璃寺は、密教系・山岳系ではありつつも、ノリとしては宇治の「平等院」的な華やかさがありました。
吉祥天のせいかもしれないし、本尊の後背の派手さのせいかもしれないし、本堂の前に広がっている池のせいかもしれないし・・・理由はまだよくわかんないんですが。。。
それに比べて、岩船寺は素朴な感じのお寺で・・・どちらかというと女人高野「室生寺」の様なノリのお寺でした。かなりボク好みで、実際「またこよう」と思わせてくれたのでした。
素朴さの第一の理由は・・・住職のじーさん自らお堂で拝観客を迎えており(こういうのは本当に少ない)、気軽にいろいろ教えてくれるし、軽い説法も聞かせてくれるのです。
「来られる方とこうやって話すのがすきなのじゃ」と住職。
「いろいろ教えてあげられるし、こちらも教えられる」と元気なのでありました。
こちらの本尊も、平安時代の阿弥陀如来坐像(重文)。
平等院の国宝・阿弥陀(定朝作)や、浄瑠璃寺の九体阿弥陀よりも100年ほど古いもので、伝・行基作(これは多分でたらめ)です。
サイズは丈六に見えるのですが、住職によると、「超丈六」・・・丈六より一回りでかいのだそうです。
「丈六」よりでかいなら、普通ならそれは「大仏」と呼んでもいいわけですが・・・サイズについてどうのこうのと言うよりも、大きさがそのたたずまいに効果的に作用しているという方がぴったりくる感じがしました。
本尊以外に気になった仏像は・・・辰年生まれの守護神「普賢菩薩」のカッコイイのがあったことと、「兜跋天」と書いてあった謎の坐像です。
「普賢菩薩」は普通は釈迦如来の脇侍として、「文殊菩薩」とともにいるんですが、単体の「普賢菩薩」はなかなか珍しいです。
ボクが、いままで見た単体の「普賢菩薩」は東大寺四月堂にあった秘仏だけです。
「謎の兜跋天」は本当に興味深いものでした。
「兜跋」というと「兜跋毘沙門天」ですが、あれは基本的に立像ですし、足の下には「地天」がいるはずですが・・・「謎」は坐像なのです。
実は、小さい厨子に入ってて顔はよく見えませんでした。
でも、右手には剣を、左手には宝塔を持っていました。
住職もよくわかんないって言ってて、本当に謎(w
「謎」は解決するためにあるわけですから、いつか「謎」をあばいてみたいと思いますね(住職、もっとよく見えるようにしといて!)。
朱印です
寺をいっぱい巡ってきたので、朱印もかなりたまっています。
でも、リセットですから、朱印コレクションも一から再スタートってことにしようと思います。
左が浄瑠璃寺。右が岩船寺です。
朱印コレクションをリセットするってことで、朱印帳は浄瑠璃寺で購入したのですが、購入したものに、あらかじめ朱印が書いてあって楽しみが半減でした。
朱印は、その場で書いてもらって、その光景を見て楽しむってのが、ボクの一つの楽しみになっているのです。
岩船寺のは、お堂にいるのが好きな住職がちゃんとその場で書いてくれました。ジジイなので手がふるえるのか、ハンコの赤を触ってしまったらしく、赤い住職の指紋もついてます(w




