ボクにはどれだけの土地が必要か?
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photo credit: the name is Josh
金沢の金沢21世紀美術館で見た杉本博司の展示がもうひとつ理解できなかったのがとっても気になっています。
そこで、杉本さんのエッセイ集「苔のむすまで time exposed」を読んでみることにしました。
一番最初のエッセイのタイトルが「人にはどれだけの土地がいるか」です。
ニューヨークのアトリエで、9.11のWTCの崩壊を目の当たりにし、鴨野長明の方丈記の記述を思いだし・・・
- 宮中を追われた長明が方丈・・・四畳半ほどの空間でその後すごして才能を爆発させたこと
- 長明の方丈があった場所に実際にいってみたこと
- 建築写真(シリーズ「建築」)のこと
- ニューヨークの歴史をひもといて、1マイル四方の空間に世界の経済が収まっている事実の説明
- ニューヨークは、元々オランダ人がインディアンから物々交換でゲットした土地であることの説明
などが展開し、最後には、1日で歩いた分だけ土地をもらえるという約束をインディアンとした男が、欲張っていっぱい歩き、戻ってきたときに死んでしまい、結局インディアンに埋めてもらった体の大きさの土地だけが必要だったという話で締めています。
これを読んで、「ボクにははたしてどれだけ土地が必要か」を少し考えてみました。
ボクの土地の歴史・・・
- 記憶にある最初の部屋は六畳の和室(所沢)で、これはアネキとのシェア・・・だから3畳程度
- 小学生になってから六畳一間を与えられる(高校生まではここにいた)
- (ここは飛ばそう)
- サラリーマンになったときに、会社の寮(横浜)にはいって、八畳ほどの部屋を同僚とシェア
- その後、一人部屋の寮(横浜)に移る・・・これは4畳半だった
- 彼女と暮らし始める(横浜)・・・いきなり2LDK(10畳くらいのLDKと6畳が2つ。やる気マンマンである)
- 彼女と引っ越す(川崎)・・・なぜかグレードダウンして1LDK(10畳くらいのLDKと6畳が1つ。彼女に呆れられる)
- アメリカ・カルフォルニアの1Bedなアパート(12畳くらいのLDKと6畳くらいのベッドルームが1つ)
- 東京・世田谷の六畳+四畳半なアパート(隣の住人のペットの犬が玄関の前によくウンコをしていくようなところ。訪問販売のマーキングもされていた)
- 横浜駅の近くのマンション・・・2LDK+Sってやつ。過去最高に豪華なところ
- 京都・右京区・・・2LDK+S(田舎仕様)
ってな具合。一畳を1.5平米として計算すると・・・約4.5平米から約60平米の間で推移してきたということです。
最後に体の大きさ分の土地があればことが足りるのに、何でボクは60平米もつかってクダラナイ仕事をやったりやらなかったりして生きているのでしょうか?(w
一人暮らしなので、2LDKの家では「一つの部屋=一つの役割」となります。
このことはモノを整理するには理想的だけど・・・整理することは生きることの目的ではないので・・・本当に無駄な気がしてきました。
そういえば、ボクは自分のいる空間に関してよく考える為の契機になるような出来事に、ほとんど遭遇してこなかったような気がします。
旅にいってボロホテルや安宿に泊まったとしても、それは一時のイベントのようなものと思っていたし(実際、そうだからしょうがないのだけど)・・・いわゆる「持ち家」を持ったこともないわけですし・・・9.11の事件は・・・杉本さんがエッセイに書くように、ボクにとってもそういうことを考える契機になりえたと思うんですが・・・あの日は下北沢でOLさんと飲んでたし(netaryoくんもいたはずw)・・・
実際、とにかくフラフラするのが好きなわけで・・・もはや病的でもあるとおもうのですが・・・そういうことを考えなくてもやっていけるのは、今のところは事実なのです。
でも、必ず止まるときが来る・・・そう考えるとボクのやり方はあまりにそういう状況に対して準備不足な気がします。
少しまじめに考えてみようかと思った44歳のボクでした。
(逆にそういうことを考え過ぎている人は、少しはフラフラした方がいいってオモウゾ)
