Wicked Problem - たちの悪い問題
ネタ蔵キーワード:デザイン [文化・芸術]
Horst Rittelというデザイン理論のエライ人が、プロジェクトが数々の問題を抱えている状況を「Wicked Problem」と言ったという話をずーっと前に誰かから聞いたのを思い出しました。
Wikipediaで調べると、日本語版にはなく、英語版にありました。
これは、日本の社会が「プロジェクトはさまざまな問題を抱えるもの」みたいな考えをベースにやってきている証拠かもしれません。
「Wicked Problem」は・・・
- 境界線がはっきりしない
- 完全に理解できる可能性がない
- Stake Holderと呼ばれる、プロジェクト自体に利害を持っている人がいっぱいいる
- Stake Holderは勝手にいろんなことを言う
- 制約事項がいっぱいある
- etc.
といった項目をもれなく含んでいる問題です。
ボクがこれまでかかわった仕事・・・主に受託業務として・・・は、ほとんどが「Wicked Problem」に近い状況だったって気がしてきました。
じゃ、そんな状況でプロジェクトに関して決定権のある人が何をやっていたか思い出してみると・・・
- 「複雑だねぇ~」とへらへらして、解決策がどっかからやってくるのを待っている
- ごく小さい問題・・・その人にとっては解決できる唯一の問題・・・にフォーカスして作業し、仕事をしているつもりになる
- どんどん人や時間を投入して、機能しないパワープレイを演じ始める
などなど。
で、もっと言うと・・・実はみんなこういう状況が好きなんじゃないか?って仮説が成立するような気がするんです。
なんの因果か知りませんが、好んでこういう状況を生み出している・・・そんな気がしませんか?
(だからこそWikipedia日本語版に「Wicked Problem」って単語がないんじゃないか・・・と本気で思えてきました)
多分、netaryoくんなんかにこんな話をすると「そういうもんだからな」と言うような気がします(w
その通りだと仮定してみると、「そういうもん」ならしょうがないってなるわけですが・・・問題はそこじゃなくて、ボクがその「パワーゲーム」に参加せざるを得ないビジネスモデルで仕事をしているという事実。
ボクは「そんなもんじゃない」と思ってこういうことを仕事にしてきたけど、「そういうもん」なら・・・もうやってられないわけです。
そんなことにボクの貴重な時間をつかってサービスするつもりは全然ないわけです。
というわけで、ボクの個人事業におけるモデルを再考する時がきている気がしています。
ま、今はまだ気がしているだけで・・・「そういうもん」かどうかもっと考えてみたいし、「そういうもん」って思えたら「じゃ、どうすんの?」っていう問いに対して答えをみつけなくちゃいけません。
う~ん・・・これもまさに「Wicked Problem」ですね(w
でも・・・「へらへら」したり、「問題をすりかえ」たり、「誰かに考えて」もらったりせずに対処したいとボクは思うのでありました。


