なにも生まないコミュニケーション
ネタ蔵キーワード:コミュニケーション [社会・生活]

photo credit: Jeff_Werner
東京出張で参加したミーティングがひどかった。
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議題が明確じゃなく、雑談にもならない時間の浪費(まるで文化祭前の出し物の準備の様)。
分かりきった事柄の確認のみで、結論を導き出す努力のかけらが皆無(あいつらは神妙な顔だけは忘れない)。
気持ち悪い程の世代間関係(キケン・・・)。
「非日常=すごい」な、ビックリ主導主義(思考停止・・・つまりはバカ)。
面倒なことには口を出さない、独自的完全合理主義(できるならマネしたいが、何も生まないそのやり方は絶対にできない)。
社会性という名の正当化行為(「大人」デスカ?ふっ・・・)。
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「東京行くのは楽しい」的なテンションの記事をさっき書いたけど、実際はそんなことは全然なくて、ガマンと、情報を引き出す為にやるサービス演出での疲労を蓄積しにいく行為に過ぎない。
それでもボクは、自分のサービス精神にのっとって、自分のキャラを犠牲にしてまで議題やネタを引き出そうとする。
TPOにぴったり合うとさりげなく時間を過ごせる。
しかし、多くの人が参加するミーティングで、そうなる可能性はかなり低い。
大抵は、「テメーなにいってんだ」的な空気になるし、サービス精神から生まれたボクの言動を見てボクという他者を定義付けてくる人が相手なわけで、疲労は倍増するというわけ(負のスパイラル!)。
そんな過酷な状況で、ボクの唯一の楽しみは下ネタである。
下ネタは、誰にとっても平等だ。
下ネタは、人によっていろいろな対応・反応があって面白い。
アホなミーティングばかりくり返していると、それらを自分にとって有益なコミュニケーションにするには「下ネタ」しかないんじゃないかって思えてくる(まったくもって本質的ではない結論!くそっ!)。
今月、サービス抜きのコミュニケーションが可能な数少ない友人と会うことになっている。
(その友人とボクは、「サービス抜きのコミュニケーションが成立する人達」を「絶滅危惧種」と呼んでいる)
そういうコミュニケーションの積み重ねを「日常」にしたかったボクは、悲しいかな「非日常」になってしまっているそれをとっても楽しみにしています。
